本ブログ記事では、酪農業の後継のために就農したものの、最終的にそれを諦めた私から「就農当時の過去の自分」に向けてメッセージを書いています。
ただ、内容的には次のような方の参考にも十分なると思います。
✓酪農業の「後継者」(既に自農場で働いている人)
✓酪農業の「後継予定者」(他の仕事に就いているが就農を考えている人、学生)
✓酪農に限らない「家族経営の後継者・後継予定者」
✓なぜ酪農業が後継者不足になるのか関心がある人
酪農業の後継者に向けた情報は、インターネットで検索してもほとんど見つかりません。
同じ立場の人から話を聞ける機会も決して多くない。
そんな難しい立場にある後継者・後継予定者のヒントになれば幸いです。
本文がかなり長くなっているため、以下に要点だけまとめておきます。
- 後継者は孤独である。早期の代表者交代を目指すか、同じ立場の理解者を探そう
- 仕事を先に覚え、その後に知識を学ぶ
- 先輩従業員とは難しい関係性に迫られることを覚悟
- 家族関係が悪化する可能性は十分にある
- 本当に苦しくなったら牧場を諦めて離れてほしい
- 牧場外での勤務経験にはメリットとデメリットの両面がある
- まずは「改善」よりも「今の仕事を覚えること」に全力で集中を
- 酪農業で大きな利益を出すことはまだ可能
- これからは「乳牛の幸福」を考えることが重要
- 苦しくなった時に何が自分の支えになるか見極めておく
- 他責思考は自分が苦しくなる。自責思考で
本題に入る前に
内容はトピックごとに雑多に取り上げています。
ただ、後継を諦めた人間が書いているためどちらかというとネガティブな話が多くなります。
もちろん「後継に意欲旺盛な人」に対して水を差したいわけではありません。対応案があるものについてはできるだけ書いています。「こんなことに気をつけた方が良いんだな」と考えるきっかけになればと思います。もしくは「自分はここまでひどくない」と安心していただいても良いかもしれません。
また、当時は期待と不安が入り混じりつつもやる気が十分にあった「過去の私自身」に向けて書いているため、個人的な経験に寄り過ぎた内容があるかもしれません。キレイごとで済ませられないと感じているトピックもあるためやや表現が強く、読んでいて反感を覚える箇所もあるかもしれません。
これらをご承知の上、読んでいただければと思います。
後継者は孤独
まず「後継者は孤独である」ということを一にも二にも分かっておいてください。
これには次のように色々な意味合いが含まれています。
✓同じ後継者という立場の人間はその牧場にはあなた1人しかいない
✓酪農牧場の後継者は絶対数が少なく、同じ立場の人に会う機会はそれほど多くない
✓経営者側の目線を持ちながらも立場は従業員という「中途半端な立ち位置」
ただ孤独であるだけならそれほどの問題はないかもしれません。
ですがこの微妙な立場にあるからこそ周囲と考えが合わず、実際に意見の衝突が起きたり、孤独感や無力感にさいなまれる場面がしばしば訪れるのです。
これが実に苦しい。
私の知っている事例でも「後継者は孤独である」ということが根本的な原因となって、後継を諦めたり、生きること自体を諦めてしまったケースがいくつかあります。
脅すようなことを書いてきましたが、今なら次の2つの対策があることを伝えられます。
①できるだけ早く後継を実現し、牧場の代表者(事業主or代表取締役)になる
②同じ立場、近い立場の人と定期的に会う
①できるだけ早く代表者になる
可能な限り早く代表者交代を済ませ、個人事業主(個人経営)もしくは代表取締役(会社経営)になりましょう。
1つの目安は「就農から5年後」です。
この5年というのは自分の経験や周囲の人の口からもしばしば出てくる期間で、経験則から導かれる目安です。
可能なら3年でも良いかもしれません。
経営側と従業員側の中間という中途半端な立ち位置から早く抜け出ることが重要です。
代表者交代を実現するには、現代表者や従業員からの理解・賛同が欠かせません。
そのために「速やかに全ての仕事を覚え、自分で牧場を回せる実力を身につける」覚悟を持つことです。
②同じ立場、近い立場の人と定期的に会う
代表者交代が早い方が良いとはいったものの、
✓牧場ごとの事情ですぐには実現できない
✓代表者交代までの3~5年が耐えがたく苦しい
ということもあります。
この「後継者である期間」には、できるだけ自分と同じ立場、近い立場の人と定期的に会うようにしましょう。
なぜなら、「気持ちが分かってもらえることでモヤモヤが晴れ、毎日の仕事にまた前向きに取り組めるようになる」からです。
一度ではダメです。またしばらくすると牧場や仕事に対するモヤモヤが溜まってくるからです。
定期的に会う必要があります。
人見知りだからとか、出不精だからとか言っている場合ではありません。
そうしたネガティブな心情を汲んだうえでもなお、無理を通すメリットがあります。メリットというか、こうした機会を用意しておかないと自分が潰れてしまうと思っておくぐらいがちょうど良いです。
では誰とどのようにして会うか。
まず、一番の理解者になってくれるのは「同じ酪農後継者」です。
仕事に対する理解もありますし、親や従業員との関係性など同じ悩みを持っている(もしくは持っていた)ことが非常に多い。
イメージがあるかもしれませんが、酪農業は同業者の関係性が良いことが特徴です。同じ酪農業の後継者であるということだけで、よくしてくれる人はたくさんいます。
酪農後継者と知り合うなら、
①JAや酪農協の青年部に所属する
②近隣の牧場後継者に直接挨拶に行く、仕事上の疑問を聞きに行く
③↑の2つが難しいならインターネットやSNS経由でメッセージを送る
といった方法があります。
また、酪農後継者という「同じ立場の人」だけでなく、他業種の後継者という「近い立場の人」と会うという手もあります。
酪農の仕事に対する理解は得にくいですが、親・従業員との関係性、後継者という立場の苦悩、など共通する悩みはたくさんあります。
①商工会議所
②中小企業家同友会
③各種の経営塾
などに所属するのが一案です。既に経営者となっている会員が多いですが、後継者という立場で入っている人もそれなりにいます。
総じて酪農業界よりも経営に対してシビアな人が多いので、経営の勉強になることも多いでしょう。
技術面は仕事をしながら覚え「人、本、インターネット」で補足
酪農の技術面は「仕事をしながら覚える」ことを最優先にして下さい。
理由はそれが一番早いからです。
搾乳にしろ、飼料調製・給餌にしろ、繁殖管理にしろ、まずはやりながら覚え、気になった点や分からない点を後で「人、本、インターネット」から学ぶことです。
「学んでから仕事で覚える」のではなく「仕事で覚えてから補足で学ぶ」
この順番が極めて重要です。
私はこの点で失敗しました。
「本で一通り学んでから、その後に実際の作業を覚える」というスタンスにこだわってしまったのです。
後にビジネス書を読みハッとさせられたのですが、これは受験勉強型の学び方で、仕事とは非常に相性が悪い。
「予めテストの出題範囲が分かっていて、その範囲内を網羅的に勉強する」受験勉強型ではなく、仕事では「まず作業を覚えて、そこで必要になった知識を後から本などで学ぶ」スタンスが必要です。
その方が仕事を覚えるのも早く、必要性を感じているため知識も吸収が早い。
酪農業は搾乳、飼料、繁殖、哺育・育成、堆肥、牧草地、と覚える部門が多岐に渡ります。
「これらの知識を十分学び終えてから仕事を覚えよう」という姿勢では、いつまで経っても頭でっかちで仕事を覚えるペースが遅いということになってしまいます。
結果、周囲と意見が合わなかったり、仕事を十分に覚えていないために代表者交代ができないということが起きます。
不安でも何でも、まずは仕事をやりながら覚える。その後に学ぶ。これを徹底してください。
先輩従業員とは難しい関係性になることがほとんど
就農前はあまり気にすることがないと思いますが、実は牧場に入った後に「先輩従業員・古株従業員」と後継者の関係が上手くいかないということが大変よく起きます。
上手くいかないと曖昧にしましたが、もっと直接的な表現で書くと最終的には「先輩従業員の多くが辞めるか、後継者が退職する(こちらのケースは少ない)」となることが多いようです。
これは私自身も経験しましたし、
✓近隣の酪農後継者から直接聞いた話(複数人)
✓本やメディアに掲載されていた酪農後継者の話(複数人)
✓近隣の中小企業の後継者から直接聞いた話(複数人)
✓本やメディアに掲載されていた中小企業後継者の話(複数人)
とどこでも見聞きすることです。
もちろん中にはそうした揉め事を起こすことなく、先輩従業員と良好な関係を築き、そのままスムーズに代表者交代を実現していく方もいます。
しかしこれは例外だと思っておいてください。
ほとんどの事例では、後継者と先輩従業員の表立ったもしくは水面下の対立は必ずといっていいほどに発生します。
「自分は大丈夫」などとは思わない方が現実的です。
では、なぜこうした対立が起きるのでしょうか。
概ね次のような理由からのようです。
①「後継者の意欲(高い)」と「先輩従業員の意欲(高くはない)」のギャップ
→見ている将来の時間軸が違う
→後継者=10年~30年先の事業の存続・発展
→先輩従業員=目先の数ヶ月~自分が退職するまでの事業の存続
②「牧場を改善したい後継者」と「現状維持を望む先輩従業員」
③感情的なもつれ
→後継者「先輩従業員は意欲に欠け、仕事ももう自分の方がよくできる」
→先輩従業員「後継者は後から入ってきたのに何かと生意気だ」
語弊を恐れずにいえば「先輩従業員の立場は既得権益化していることが多い」です。
これは本人が自覚的な場合もあれば、無自覚な場合もあります。体感としては無自覚なことが多いでしょう。
こうして書いてくると「後継者から見た先輩従業員=悪」という風に見えそうですが、そうした人たちの人間性を糾弾したいわけではありません。
もし自分が逆の立場だったら、やはりその人たちと同じように感じるはずです。
例えば次のような感じです。
「自分は正社員として、後から入ってきた後継者よりも長いこと現代表の下で働いてきて、仕事も大体わかるし、このまま安定した生活が続いてほしい。そこに後から来た後継者が息巻いて何か色々とごちゃごちゃ変えようとしている。このままでいいのに、新しいことも覚えなくてはならなくなるし、余計なことはしないでくれ」
人は往々にして変化を嫌います。ですが後継者は将来を見据えて色々と改善したくなります。
そして日本には年次を重んじる儒教的な考え方がまだまだ残っています。
必然的に、後継者と先輩従業員との間で衝突が起こりやすいということです。
避けれればベストですが、ほぼほぼ向き合わないといけなくなる問題として認識をしておいてください。
家族経営なら、家族との関係が険悪になりうる覚悟を
あなたの働く牧場が家族経営であるなら、同じ仕事をすることで家族との関係が悪化するかもしれないということを分かっておいてください。
例えこれまでは良好な関係だったとしてもです。
どうしてそんなことになり得るのかというと、「ただの家族ではいられなくなる」からです。
家族でありながら、同時に「仕事の同僚、先輩・後輩、上司・部下」という関係性
が生じます。
あなたが仕事に対してストイックになるほど、家族を仕事の同僚として見た時に不満を感じる機会が増えます。
あなたの家族もあなた自身をただの家族から「事業の後継者」として見るようになります。そこには程度の差こそあれ「期待」が持たれます。
この期待とあなた自身の姿にギャップがあると、家族はあなたに不満を持ってしまいます。
私自身、牧場に入るまでは仕事に精を出す家族のことを尊敬していました。だからこそ自分が牧場に入った後も尊敬の気持ちを支えに、家族と良好な関係を維持できると考えていました。
しかしそうではありませんでした。
先ほど触れたように、私は仕事の同僚としての家族に不満を感じ、家族は私の振る舞いと無意識に持っていた期待との差により私に物足りなさを感じるようになったのです。
それが何かの拍子に(たいていは仕事が多忙になって余裕がなくなった時)衝突へとつながります。
他の牧場でも同じです。
特に現代表と後継者の関係性は険悪になりがちです。多いのは父と子の関係ですね。
私の地域の他の牧場でも、たいてい父子の関係性は就農を機に悪くなり、上手くやっているところはごく少数です。
他の仕事ももちろん大変ですが、やはり酪農業は大変です。
大変だからこそ、違和感があった時に「まあいいか」で済ませられなくなります。仕事に真剣になればなるほど、家族といえど「愛情」のひとことで目を瞑れることは少なくなります。
ひとえに「家族と働くことは難しい」。
この問題に私自身随分苦しみました。
そうした中で何とかやり過ごす考え方を身につけたのでここで紹介しておきます。歪な考え方かもしれませんし、器用な考え方ともいえるかもしれません。いずれにせよ、私はその考え方をしていなかったら家族との関係は破綻していただろうと思います。
その考え方とは「1人の人間を役割別に考える」ということ。
言い換えれば「1つのことでその人全体を評価しない」ということです。
これだけだとよく分からないと思います。
例えば私の場合だと
「労働者としての父は大変よく働くし器用で頼りになる。一方、牧場の長である経営者としての父はその役割を放棄しており全く信頼できない。仕事はさておき、家族としての父は大変な酪農の仕事を続け自分を育ててくれて深く感謝している。」
このような感じでしょうか。
父親を①労働者、②経営者、③家族という3つの視点で捉え、1つの視点で父親を判断せず、また3つをひっくるめた総合的な判断もしないということです。
「経営者としての父はあまりにもひどいから、父のことはもう嫌いだ」と短絡的に考えないことです。
このように考えてしまうと、余裕が生まれにくい酪農の現場では家族に憎悪の気持ちを抱いしてしまうことが多くなります。それは大変に苦しいことです。
あなたもそのようなことを望んで牧場に入ったわけではないですよね。
もしあなたが牧場に入る前も入った後も、家族に対する感謝や尊敬の気持ちが変わらなかったとしたらそれは本当に素晴らしい。酪農後継者の多くが直面して苦しむ問題を一つクリアできているからです。
ですがもし私と同じような状況になってしまったら「1人を複数の顔(役割)に分けて評価し、短兵急にその人全体の印象を決めてしまわない」ということを心がけてみてください。
「死にたい」という言葉が頭に浮かんでくるようになったら牧場を離れよう
もし牧場で働き始めた後に思うようにいかず、ふと「死にたい」「死んだら少なくとも今のマイナスよりは0になる」というような言葉が頭に浮かんでくるようになったら。
牧場を諦めて離れてください
ここでいう「死にたい」という気持ちは、もちろん学生や社会人が仲間内で面倒ごとを嫌がって口にする時のような軽いニュアンスではありません。もっと重いものです。
苦しい日々の中で、滲むように自分の中に生まれてくる言葉です。
「なにを大袈裟な」と思うかもしれませんね。
そう思える人はあまり心配ないですから気にしなくて良いでしょう。ですが、そう思えない人も確実にいます。
私自身は元来ナイーブな性格ですから、後者に近いところがあります。
そして何より「実際に後継者が生きることを諦めてしまった事例」が私の周囲の酪農牧場でもあるのです。1件だけではありません。
真の理由など外部の人間が知る由もありません。ですが、どのケースでも「酪農の仕事・経営、親子の関係性」に対する苦悩が周囲に漏れ聞こえていたというのもまた一つの事実です。
こうした悲しい結末になるぐらいなら、無念でも悔しくても牧場を諦めて離れてほしいということです。
仕事でいがみ合っていたとしても、そのような結末を迎えれば家族の受ける衝撃は生半可なものではありません。後悔先に立たず、です。
そしてあなた自身も、何も「牧場が自分の生死を決める要因になる」などとは思わずに牧場へ入っているはずです。
当り前のことで忘れがちですが「生活のための仕事であって、仕事のための生活・人生ではない」ということです。
酪農家の戸数がハイペースで減少しているのはご存知だと思います。
飼料費の高騰や堆肥処理の困難など経営環境の悪化が要因として指摘されることは多いですが、私が実際に酪農業界に入って感じる要因は全然それだけではありません。
完全な私見ですが酪農家戸数の減少は「経営体としての未熟さ」に因るところが大きい。他の業種に比べてどうしても真に「経営者」となれている人が少なく、「労働者の延長としての事業主」となっている人が多いのです。
抽象的でわかりにくいかもしれませんが、これ以上は煩雑になるためやめておきます。
いずれにせよ酪農家戸数の急速な減少には相応の理由があるということです。
そこに酪農後継者として入っていくわけですから、苦しくなるのは全く珍しいことではありません。
もし冒頭で触れたよう心持ちになってきたら、「転職、アルバイト、貯金をしばらく切り崩す、失業保険、生活保護、…」どのような方法でも良いと思います。
牧場を離れてでも生きることを選択してほしい
これが同じ酪農後継者という立場を経験した1人である私の心からの願いです。
外で働いた経験の功罪
ここでは自分が後継者として働く牧場「以外」の場所で働いた経験が、どう作用するかについて説明します。
アルバイトでも正社員でもどちらでも構いません。
よく「牧場の外で働いてから自農場に入ること」については肯定的に語られます。ですが私の経験からいえるのは、大きなプラスと同時にマイナスも抱えることになるため、一概に礼賛することはできないということです。
私が感じた、牧場外で働いた経験の功罪は次のとおりです。
●プラスの側面
✓自信がつく
✓視点が増え改善案や業務効率化に気づきやすくなる
✓従業員の気持ちがわかる
●マイナスの側面
✓酪農業界の体質の古さに面食らう
✓従業員根性が体に染みついてしまう可能性
●対応案
✓発想&不満を具体的な「行動」に移し続ける
プラスの側面①自信がつく
まずは自信がつきます。
「酪農業界以外の仕事も知っているという自負」ともいえます。
プラスの側面②視点が増え改善案や業務効率化に気づきやすくなる
他の業種・業界での仕事のやり方を知っていると、酪農業における「非効率な点や改善すべき点」に気づきやすくなります。
比較できるからですね。
どの業界でも「その業界では当たり前とされているけど、他の業界から見たら全く当り前ではないこと」があります。
酪農業で一例を挙げれば、
✓休みがとれない
✓経験と勘が重要
✓敬遠されがちな業界のため採用が難しい
✓経営環境が苦しい時は行政が助成や補助を出すべきという考え
です。
いずれも業務の標準化、データの集計・分析、募集要項・労働環境の見直し、地道な経営改善、などで対処することができます。
重要なのは「酪農やるなら○○は仕方ないよね」と業界内で言われることに、「本当にそうだろうか」と違和感に気づけることです。
この違和感に気づくことができれば、「他の業界ではどうか、どうしたら改善できるか」を考え始めることができます。
外で働いたことがある場合の最大のメリットはこの「非効率な点や改善すべき点」に気づきやすくなることです。
それは上手くかみ合えば牧場を発展させる大きな要素となります。
プラスの側面③従業員の気持ちがわかる
他の業界・業種で働く場合、それはほとんどが従業員という立場での経験になるでしょう。
この経験をすることで「従業員の気持ち」がわかるようになります。
酪農家となって人を雇用する場合、従業員の気持ちがある程度わかればモチベーションを上げたり、定着率を上げたりすることができます。
ですが従業員がどんな考えを持ちやすいかをわかっていないと、「やる気のない従業員ばかりだ」「仕事をやめていくのは堪え性がないからだ」といったポイントのズレた不満が生じやすくなります。
雇用者と被雇用者では「何を大事に思い、何に喜びを感じるか」に異なる傾向があることに気づくことができれば、自身が経営者となった時に大きなプラスになります。
マイナスの側面①酪農業界の体質の古さに面食らう
一方、外で働いた経験がマイナスに作用する例として「酪農業界の体質の古さに面食らう」ということがあります。
これは先ほどメリットとして挙げた「他の仕事と酪農業を比較できる」ことのマイナス面ともいえます。
比較できるがためにマイナスにも気づきやすいのです。
気づいたマイナスを自分の頑張りで変えられるなら良いのですが、「業界慣行・業界の当り前」を自分の力だけで変えるのはほぼ不可能です。
イメージが湧きにくいと思うのでいくつか具体例を出してみます。
✓デジタル化が劇的に遅れおり、煩雑な紙ベースでの事務処理が多い
✓TPOを無視した喫煙の多さ
✓セクハラに対する中高年男性の自覚のなさ
✓長時間労働を是とする労働観
✓週休3日制なんて怠惰だという考え(一部)
✓意味や目的を見失った前例踏襲型の行事
このような「今なおこうした考えが酪農業界では多数派なのか…」と当惑してしまうことがいくつもあります。
マイナスの側面②従業員根性が体に染みついてしまう可能性
こちらも先ほどのメリット「従業員の気持ちがわかる」の別の側面になりますが、従業員根性が体に染みついてしまう可能性があります。
視座が低くなるということです。
酪農後継者は「経営者と従業員の間ぐらい」という半端な立場であることが多いため難しいのですが、「従業員としての自分・権利」に対する意識が強くなりすぎてしまうと、不平不満ばかりを言うということになりかねません。
本来はどちらかといえば経営者寄りの視点で仕事や作業に取り組み、違和感や改善の必要性に気づいた部分は「自分の力で変えていく」という気概が必要となります。
ですが、外で働いたことがあるがために「この仕事は自分の範囲外だろう」「自分の待遇はおかしいのではないか」「就業規則が曖昧で困ったものだ」と自分視点で牧場の良し悪しを判断し、改善を経営者など外に求めてしまう。このようなことになりがちということです。
頭の中に浮かんでくる言葉、ふと口にしてしまう言葉が「自分は…」「自分が…」「自分ばかり…」となってきたら気をつけてください。
私自身はこの点で失敗し、もっと早期に考えの転換が必要だったと思いますが、時すでに遅しでした。
対応案:発想&不満を具体的な「行動」に移し続ける
牧場外で働いた経験の功罪を書いてきましたが、大雑把にまとめれば
✓メリット:違和感や改善案に気づけること(=発想)
✓デメリット:視座が低くなって不平不満がたまりやすいこと(=不満)
です。
私の反省も込めてこれらへの対応案を記すと「発想&不満を具体的な行動に移し続ける」ということです。
「こうした方が良いんじゃないか」と気づいたら、そう思っただけで何もしないということはせず、実際にそうしてみる。
不平不満を感じたらそこを自分の力で変える努力をする。不平不満は当然気持ちのよいものではありませんが、そこから生まれるエネルギーの総量はなかなかのものです。
そうした負のエネルギーを「状況を打開する原動力」として使ってしまうことが、あなた自身にとっても一番良いことになるはずです。
まずは「今の牧場の仕事」を覚えることに全力で集中する
繰り返しになってしまうかもしれませんが、
牧場に入ってからはまずはとにかく「今の牧場の仕事」を覚えることに全力で集中する
ということを徹底してください。
似た話を他でも書いているかもしれませんが、それほどに牧場後継者にとって重要なことであると思っています。
「それよりも改善案を次々に試した方が…」
「よりよい作業体系を考えて提案した方が…」
と思えて納得できないかもしれません。ですが、やはりそれらは「今の仕事を覚えた後」にすべきです。
なぜか。
周囲が納得しないからです。
意気込んで牧場に入ってきた後継者が「ここを変えよう、ああしよう、こうしよう」と言っても、周囲からは「まだろくに仕事を覚えていないのに何を言っているんだ」という目で見られることが十中八九です。
あなたの提案がどれだけ理に適っているものだとしても、です。
私は牧場に入ってからつくづく感じましたが、多くの人は合理的であるよりも感情的です。
その感情には「自己防衛本能、プライド、納得感」などが含まれています。
それらをクリアしないとなかなか周囲の人はついてきてくれません。
具体的にどうしたら良いかという点ですが、
自分がまだできない・できていない仕事をリストにして、一つ一つ潰していく
と良いです。
そのリストを大方済ませた頃には周囲の人もあなたの話に耳を傾けてくれるようになっていますし、リストをこなす過程であなたも自分の成長を可視化することができます。
牧場では「何を知っているか」よりも「何をできるのか」で判断されます。肝に銘じておいてください。
酪農業で大きな利益を出すことは現状ならまだ可能
特にコロナ禍以降の変化を受けて、酪農業の窮状が様々なメディアで取り上げられています。
たしかに飼料価格の高止まりやあらゆる物品・エネルギー価格の高騰で、経営環境はかなり悪化しています。
ですが、それでもなお酪農業で大きな利益を出すということは現状ならまだ可能です。
実際にこの環境下でも数千万単位の所得を稼いでいる酪農家は周囲にいます。
もちろんそれだけの経営努力をしているからです。
なんとなくの事業をしていてそれだけの収入を得ることは、さすがに今の経営環境下では無理といえます。
何が言いたいかというと、
✓たしかに今の経営環境は大変に厳しく、多くの酪農家が廃業の危機に面している
✓一方で経営努力を続けてノウハウを蓄積してきた一部の牧場は、現に今も高い収益を出している
✓ネガティブなニュースで思考停止に陥ることは避けよう
ということです。
外から見えている牧場と中から見える牧場の姿は違う
外から見えている牧場と、中にいて見えてくる牧場の姿は違います。
第三者として実家の牧場を眺めていた頃には良さように見えていても、実際に後継者として牧場に入ってみると中はぐちゃぐちゃで色々なところにシワ寄せが行っている。
このようなことはよくあります。
私もそうでしたし、近隣の酪農後継者に話を聞いても多くは同じことを話していました。
だからどうということではありませんが、知っておいてよいことだと思います。
乳牛の幸福を考える
酪農業をやっていてどれだけ乳牛に思い入れを持つか、は人それぞれです。
「本当に家族のように思っている」人もいれば、「あくまで経済動物と考えている」人もいます。
何が正解ということもありません。
酪農業界はしばしば活動家の方々からやり玉に挙げられることがありますが、日本は法治国家ですから、「法律に反していない限りは酪農家が後ろめたさを感じる必要はない」というのが私の考えです。
とはいえです。
やはり「乳牛の幸福を考える」というテーマは、酪農家が持って然るべきものでもあると思います。
それは当然ながら感情的な理由からでもありますし、現実的な理由からでもあります。
感情的な理由についてはあえて説明する必要もないでしょう。
現実的な理由という点ですが、
乳牛の幸福≒カウコンフォート≒アニマルウェルフェアは、これからの酪農業ではなかなか避けて通れないテーマであり、ここに向き合うことは社会的な要請もありつつ、直接的に経営成績の向上にも寄与し得るものです。乳量の増加であったり、繁殖成績の向上であったり、長命連産につながるということですね。
加えて、従業員雇用を考える場合には「乳牛をどれだけ大切にしているか」がこれからはより問われるようになるだろうとも考えています。
私個人の体験
私自身は感情的な理由からも、現実的な理由からも、どちらからも同程度に乳牛を大切にしたいと思うタイプでした。
就農以前は乳牛を経済動物として見る面が強かったのですが、いざ牧場に入って乳牛と接していると感情が揺れることがよくありました。
性格は本当に個々に違い、人懐っこい牛もいれば、警戒心が強く人とは一定の距離を保とうとする牛もいます。
そうした違いを目の当たりにして、乳牛を経済動物という大きな括りだけで扱うことに抵抗感を抱いたのです。
私が牧場に入ったばかりの頃は「未熟な指導による未熟な搾乳」により、そうなる必要のない乳牛が乳房炎に罹り廃用になるということがしばしば起きていました。また「未熟な飼料調製・給餌」により体調を崩す乳牛も多くいました。
これらは従業員個人の資質も当然ありますが、「マネジメントの怠慢」が引き起こしていた面も大いにあります。
後にマニュアルの作成と、従業員へのインセンティブ導入でそれらは改善しましたが、こうしたある種の人災は酪農業界ではしばしば起きているのではないかと思っています。
畜産業や経済動物の是非といった大きなテーマは置いておいても、こうした人による過失は最小限になってほしいと願っています。
私の場合、最後の最後まで、「乳牛の幸福を考える」ということについて十分に納得できる答えは出ませんでした。
酪農の後継を諦めたことで生じた心残りとしてはこの点が一番大きいかもしれません。
牛の幸福を考える。に向き合っている牧場もある
次のような牧場を見聞きすることは実際それほど多くないのですが、「牛の幸福に向き合い続ける」ことを掲げて事業運営をしている牧場も、あるにはあります。
私が感銘を受けた企業グループの中に「宝牧舎」さんという牧場があります。
大分県で市場価値の低い牛(廃用予定であった繁殖和牛、雄のジャージー牛など)を引き取って飼育している牧場なのですが、その取り組みは今後の酪農業界にも大きな示唆を与えてくれるものだと思います。
身を削った慈善事業をするのではなく、「ビジネスとしてちゃんと成り立たせる」という理念を持ったグループの一社ですから、学べる点は多々あるはずです。
気になった場合はホームページや、その牧場を特集したYouTubeなどをご覧ください。
自分の原動力を認識しておく
牧場で働く中、苦しくなった時に「何が」自分を最後まで支えてくれることになるか。
この点を早い段階で見極めておきましょう。
どの酪農後継者と話をしていても、頭がどうかなるんじゃないかというぐらいに苦しむ場面が必ずあった(しかもたいていは複数回)、ということが出てきます。
例えば
- 就農前は良好だった家族との劇的な関係の悪化
- 先輩従業員から邪険にされ、仕事がうまくいかない
- 後輩従業員がついてこない、すぐ辞めてしまう
- 牛の事故や機械トラブルがこれでもかというぐらいに立て続けに、しかも長期間起こる
など。
後継者として牧場に入るなら、心の底から苦しさを感じるような時期が必ず訪れると思っておきましょう。その際、何が自分を最後に支えてくれそうですか?
これは人やモノなど、自分の外にあるものについてではありません。
あなた自身の中での話です。
よくいわれる「原体験」とも近い話ですね。
私が周囲から聴いた話では
- 先代への絶大な尊敬と感謝の念
- 家族を経済的に守るという強い信念
- 根っからの負けず嫌い
がありました。人の分だけ回答の種類も増えていくものだと思います。
注意してほしいのは
- なんとなく後を継ごうと思った
- なんとなくビジネスとしておもしろそうだった
といった、「なんとなく」や「他の仕事でも代替可能な理由」しか出てこない場合は、その時点でかなりリスキーだということです。
”本当に”苦しい場面が続く中で、それらは真には支えになりません。
揺るぎない支え、自分を踏ん張らせる原動力は何なのか、必ず考え自覚しておきましょう。
他責思考はつらい。自責思考で
最後のトピックは「他人は変えられない。変えるなら自分の行動を」です。
私が牧場に入ってから長く向き合い続けて苦しみ、最後には諦めたのが「他人に変わってもらおうとすること」です。
多くの実業家や識者が指摘していることですが、他人を変えることはできません。基本的に変わりたくないからです。
今でもよく思い出すのですが、USJ再建の立役者として著名なマーケターの森岡毅さんがメディアで次のような話をしていました。「多くの人が、変えることができない”定数”を変えようとして苦しんでいる。変えることのできる”変数”にだけ着目していた方が良い」。
私はその話を「定数=他人」「変数=自分」という解釈で聴いていましたが、牧場で痛感したのがまさにそのようなことでした。
似た概念で「他責思考と自責思考」があります。
何かしらの結果(特に不満なこと)に対する原因を「他人の言動に求める思考方法=他責思考」と、「自分の言動に求める思考方法=自責思考」ですね。
不平不満を他人の言動に帰して「人のせい」にするのはとても簡単で、そうしたくなってしまうのですが、何も解決しません
一方、「その時そこにいて、その他人と関わる状況を選択したのは自分自身である」と考えれば、その後の自分の行動を変えることが考えられるようになります。
何らかの思いを持って牧場に入ることを決めたのは他ならぬあなた自身です。
周囲の人に何か気になる点があってもそれは固定値として考え、「自分がどうするか」に集中することを強く勧めます。
どうしても扱いに困る人がいるなら、その人の性質がそのままでも困らない仕組み(作業体系や就業規則)や、その人がやる気を出せる仕組み(成果主義や人事制度)を作るなりしましょう。
なお「自分を変える」というと、性格をどうかしないといけないと思うかもしれませんが、私が言いたいのはそうでありません。心理学でも指摘されていることですが、人の本質や性格というのはそうそう変えられるものではないからです。
「自分の行動、自分の選択」を変えましょう。
その方があなた自身もずっとラクになります。
終わりに
以上、酪農の後継を諦めた私が「過去の自分に知っておいたほしかったこと」です。
随分長くなってしまいましたが、やはり色々な思いがあったことを記事を書く中で再発見できました。
酪農後継者向けのコンテンツはネットで調べてもさほど多くありません。
ですが酪農後継者の立場は、やはり孤独で大変です。
苦しくなった時に拠り所となるような場所なり人なりを見つけられると良いと思います。
これからの酪農業を担っていく後継者の方を応援しています。
ですが、くれぐれも無理はしないでください。
関連記事
↓酪農業に直接関係のある本をまとめた記事です。「酪農の全体像を知ることができる本」から「実践的な技術書」まで、ステージ別におすすめできる本を紹介しています。酪農の技術面や牧場運営に課題を感じている後継者さんには特におすすめです
↓酪農業に活かせる「一般書籍」をまとめた記事です。酪農後継者の悩みは、技術的なことよりも「組織や人間関係にまつわるもの」が多い印象が強くあります。そうした悩みに有効なのは、酪農の専門書よりも一般書籍の方だったりします