【酪農】生乳廃棄危機問題への一酪農家としての雑感

搾乳は牧場仕事の中心 酪農
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2021年12月に入ってから、年末年始に生乳廃棄が危惧されるという問題が報じられるようになってきました。

テレビやYahooのニュースなどでご覧になった方も多いのではないでしょうか。

色々な世論が沸き上がっているようですが、特にヤフコメは目に入りやすいですね。本当に様々な意見が投稿されています。

私も日々牧場で仕事をしている人間として、一酪農家の視点からこのニュースに対する雑感を書いておきます。

この問題に対しては、乳業メーカー側の視点、消費者の視点、行政の視点、酪農家の視点、など各方面から考えられるわけですが、1つの視点からのみでは見落としていることも多いものです。

そこで、酪農業界に数多くいる人間の中の1つの目線でしかありませんが、書いてみようと思います。

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私が牧場で見聞きした情報

酪農業界にも業界団体的なものがあるわけですが、そうした機関から酪農家宛に送られた文書では、生乳廃棄が現実のものとなってしまうと、

  1. 長期間続いてきた酪農業の縮小トレンドからようやく持ち直しつつある最近の流れが挫かれてしまう
  2. 消費者心理が非常に悪化する

という2点が特に強い懸念事項として指摘されていました。

同時に酪農家ができる対策として、

  • 乾乳を早めに実施することで生乳の生産量を抑える
    • (分娩に備えて搾乳をお休みさせる牛を、通常よりも早めに休ませる)
  • 本来であれば出荷する生乳の一部を牧場にいる子牛に飲ませることで、生乳の出荷量を減らす
    • (普段は子牛には粉ミルクを作って飲ませています)

などが案内されていました。

さらにどの文書にも書かれていたことで私の印象に残っているのは、「今回の危機は酪農業全体の危機であり、1戸1戸の酪農家皆の協力が必要・重要であり、業界で一丸となって乗り越えよう」という趣旨の文言。

酪農業界はもともと競争的ではなく同業者間で仲が良いことが多いのですが、今回は業界をあげて危機に対応しようとする団結力のようなものをより一層感じました。

私の牧場においても上記の対策に実際に取り組んでいます。

雑感

今回の出来事に対しては私自身いろいろなことを感じました。

生乳の増産は容易ではないということ

まず、一般の方からは特に見えにくい部分と思われることですが、酪農業において増産というのはなかなか容易ではなく時間がかかるということです。そもそも論ですが、年々酪農家の数というのはかなりのスピードで減少しています。

出所:一般社団法人日本乳業協会HP

また、乳牛を増やして搾乳量を増やそうと思うとかなりの期間が必要となります。母牛に種付け→妊娠期間→ホルスタインの子牛の出生→子の育成→子の初めての分娩・搾乳開始のサイクルには、1サイクルで概ね3年ほどかかります。

よくある対比ですが、工場では機械を導入できればすぐに増産ができますが、酪農牧場では乳牛の生き物としてのサイクルに合わせる必要があるため、増産を決めてからそれが実現するまでにどうしても長期のタイムラグが生じるのです。

こうした酪農業界の持つ構造・情勢に、コロナ禍(外食産業の大幅縮小や学校給食の停止)による急激な需要の縮小という予想外の事態が絡んだことで、今回の問題が大きく発現したと感じています。

年々酪農家が減る中、酪農家1戸当たりの規模が大きくなることや、乳牛1頭当たりの産乳量を様々な工夫で増やすことで、なんとか日本全体での生乳生産量を維持・回復させようとする動きが酪農業界にずっとあったことは私も知っています。

だからこそ、今回の問題というのはニュースを目にした消費者の方々にとってももちろん驚きを与えたでしょうが、酪農業に携わる人間にも大きなショックを与えたはずです。私自身、なんとも形容しがたい複雑な心境になりました。

牛には罪がない

今回の件は、牧場で日々生乳を生産してくれている乳牛たちには当然ですが罪がありません。

生乳の生産のためには、乳牛が多くの飼料を食べ、分娩を経験し、人や機械によって搾乳をされる必要があります。

そうした乳牛たちがいてこそもたらされるものが生乳なので、それを廃棄するような事態というのは本当に起きてほしくないですね。

増産に寄与した補助事業と政治の問題

近年の生乳生産の持ち直しには、畜産クラスター事業という補助事業がそれなりの影響力を持ったとされています。要は大規模化を進める牧場に多額の補助金を交付するという国の事業なのですが、この事業に採択されるためには国の審査を通る必要があります。

この審査において、政治的な力が働いていた案件がしばしばあるという噂を各所で聞いたことがあります。ある地域では補助金をもらえた事業者ともらえなかった事業者がそれぞれ一定割合ずついたものの、とある有力政治家の地元ではほぼすべての申請案件に補助金が交付され、他地域の農家が強い不満を持っているというような話です。

農業の補助金と政治家の繋がりという噂話は、私が牧場に入る以前からしばしば耳にしていたことでもありました。こうした背景から、補助金をじゃぶじゃぶにつぎ込んだ結果、生乳が余るような事態になったという側面が一部あるとしたら、それはどうなんだろうという気になりました。

この点に関してはあくまで噂の域を出ないですし、私もそうした話や業界事情に通じているわけではないのですが、なんとなくモヤモヤしたということです。

酪農業への消費者の考え・イメージが垣間見れたということ

牛乳は様々な場面で利用されています

一方、今回の一連の報道を通して、日頃牧場にいるとわからない消費者の方々の考えや意見なりが垣間見れたことは私にとっては良い機会でした。

牧場では乳牛を飼育して生乳を搾るところまではします。しかし、その後はタンクに貯めた生乳をタンクローリーのドライバーさんが乳業メーカー等の工場に持っていくなどして最終的に消費者の手に届くという流れになっています。

つまり、酪農家と消費者との間には非常に大きな距離があるということです。それ故、消費者の声というのは酪農家に届きにくい構造になっており、酪農家や酪農業界、乳牛や牛乳に対して消費者がどのような考えを持っているのか知る機会というのは非常に少ない

そうした中で今回の問題がメディア等で露出したわけですが、特にヤフコメでは一般の方の意見というのがダイレクトに書かれています。ヤフコメそのものについては悪意ある書き込みがあったり、世論を正確に反映しているわけでは全くない、運用面等いろいろな問題もありますが、そこはさておき、酪農に対する一般の方の意見が見られるという側面が今回は良かったと思うのです。

否定的な意見ももちろん目にし、同意できるものそうでないもの様々であったわけですが、やはり素直にうれしかったのは牛乳をよく飲んで下さる方々の声です。

日々牛乳を搾ってはタンクに貯留し、それがタンクローリーで牧場外へ運ばれていく様子を見て、その後を見ることはないという生活を送っていると、なかなか生乳や牛乳が世に必要とされていること、もっと言えば自分の仕事が世に必要とされているのかということが分からなくなる時があります

冷静に考えれば、スーパーではたくさんの人が牛乳を買っていますし、生乳を使った生クリームやアイスクリームは多くの人に好まれているので、酪農業という仕事が少なくとも今は十分に必要とされていることはわかるのですが、牧場とそれらとの距離があまりにもあり実感が得にくいのです。

だからこそ、日頃からよく牛乳を飲んでいるという方や、今回の報道を機にたくさんの牛乳を消費することにしたというコメントを見ると、純粋にうれしい気持ちがわきました。くどいようですが、本当にうれしかったです。

余談

私自身はこの年末にかけてかなりの牛乳を購入しました。もともと酪農業界というのは牧場同士があまり競合関係にないために、酪農家さん同士の仲が良かったり協力ができやすい雰囲気があります。私もささやかながら今回の危機の回避に貢献できたら良いなと思っています。

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