気になっていた『牛を屠る(ほふる)』という本を読んだので、その感想です。
『牛を屠る』を読もうと思ったきっかけ
この本の存在を知ったきっかけはVoicyです。
牧場で働いていた時からたまに聴いている「荒木博行のbook cafe」というチャンネルで、先日とりあげられていました。
牧場で働いていた頃に、自分が悩みながらも決して結論が出なかった問題として「牛の命をどのように考えるか」がありました。
食肉処理場で働いていたという著者の目から、その問題がどのように語られるのか。読んでみたいし、読んでおくべきだという気持ちもありました。
その仕事をした人だから見える景色、別の表現をすれば「死生観」を知りたかったのです。地に足のつかないふわふわとした道徳論ではなく、研ぎ澄まされた目から見えていたもの、に強く関心を持ちました。
地域の図書館で借り、その日の夜に読み始めたところ、一気に最後まで読むこととなりました。
本書の概要:北大卒の著者が屠場で働いた10年半
本書は、食肉処理場で働く人々の日常を描写した作品です。
- 著者は北海道大学を卒業
- 転職を経て埼玉の食肉処理場で10年半勤務。作家になるため、食肉処理場を退職
- 本書では食肉処理場で目にした現実を綴っている
- 牛や豚の解体作業、そこで働く人々の葛藤、それぞれの生き様が描かれている
- おどろおどろしい感じやセンチメンタルな感じはなく、落ち着いた文章で読みやすい
140ページで終わりなので、案外苦労なく読み終えることになると思います。
印象的だった箇所や感想
屠場から向けられていた酪農への目線
屠場(で働く著者)から向けられていた、酪農家への目線が予想以上に厳しかったことが印象的でした。
経産牛を出荷する時は、だいたい牛が限界を迎えている時です。
酪農家がそれを引っぱりに引っ張ってボロボロになった状態でようやく屠場へ連れてこられることに関し、著者の厳しい評価が語られています。
酪農の現場にいた身としては「一部は正しく、一部は正しくない」という感想をもったのが正直なところです。酪農現場でどのような葛藤があるかも知っているからです。
とはいえ酪農家からすると痛い指摘があるのはたしか。
酪農家側の事情を一切抜きにすれば、このような評価をされるのもある種道理なのかもしれません。
肉用牛や豚に関してそのような評価がなかったことで、かえって「乳用牛の尊厳」という問題が浮き彫りになるようでした。
リアル
著者の目線で語られる、
- 現場ですること、作業の描写
- 同僚の人々の様子
- 業界外の人から向けられる目線
- 身体や精神にかかる負荷の種類とその強さ
- 生傷
はどれも、リアルでした。
美化して想像することも、極端に悪いものとして想像することもせずに読んだのですが、ある意味ではその目線どおりの様子が書かれています。
同僚として登場する人々はクセの強い人が多いです。
農業やその周辺産業を見てきた自分からすると、「いるだろうな、こういう人」というのが本当によくありました。
酪農家でもなかなか現場を訪れる機会のない屠場について、リアルな様子を知れる貴重な本だと思いました。
牧場で働いていた頃に読んでいたら
牧場で働いていた頃に本書を読んでいたら。
そんなことを、読んでいる最中に何度か思いました。
- 酪農家の都合で妊娠・分娩をコントロールされる乳用牛
- 生まれた子牛と母牛を早めに離す必要のあった現場
- 日中、穏やかにエサを食べたり、くつろいだりしていた牛たち
- 人懐っこい牛、人と距離をとりたがる牛
- ”受け継いだ仕事”として酪農に向き合う経営者
- スーパーで生活必需品として頻繁に客が手に取っていく牛乳
- 老若男女に喜ばれているアイスクリーム、乳製品
このような様々な事情、景色が頭の中でぐるぐると回っていました。
そこにこの「屠場で働く著者の目線」が加わっていたら。
目の前にいた牛に対する向き合い方が多少なり変わったような気がするのです。良くなるとか悪くなるとかそういうことではありません。
FIREをして以降、どうしても酪農との距離感ができています。
そんな中、本書を読んだことで「あらためて牛(特に乳牛)に向き合ってみたい」という思いが僅かですが芽ばえました。
この気持ちが持続するものなのか、やがて落ち着いていくものなのか、今は何ともわかりません。
ですがこのように感情を刺激してくれた本書との出会いは、自分にとって良いものでした。
まとめ
佐川光晴さんの『牛を屠る』を読んだ感想をまとめてきました。
久しぶりに酪農、動物の生命、といったテーマに向き合える本を読めて、うれしかったです。
畜産の現場にいる人、いた人には特におすすめの一冊です。
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