Podcastの歴史系番組「COTEN RADIO」にて文化人類学に触れられた回があり、この学問に興味を持ったため、本書を読んでみました。
文化人類学に特に惹かれたのは、「自分が暮らす社会が普遍的・常識的なものでは決してないことを理解するのに役立つ」という言葉が気になったからです。
私の地域の図書館に、あまりこの学問に関する書籍は置いていません。どちらかというマイナーな分野なのでしょうか。ようやく見つけた本書も初版が2003年と20年近く前です。
それでも内容としては、自分が知っている狭い世界での普通・常識を疑うようになれるものでした。
知識として面白いのはもちろんのことですが、日常で使える実践的内容もあります。
刺さる人には刺さるでしょう。
大まかな内容
大まかな内容としては、
- 文化人類学とは
- 文化人類学は固い学問という誤解
- 文化人類学はどう役立つか
- 文化は環境により決まる
- 食のあれこれ
- なぜ美人は美人なのか
- 汚いとは何か
- 正常、異常とは何か
- 日本文化はそんなに特殊なのか
- 文化人類学の武器「フィールドワーク」
- フィールドワークのテクニック
といったような内容です。
文化人類学は「文化を通して人間について考える」という学問です。
主題は人間。だからこそ、その学問対象は多岐に渡ります。
なんとなくのイメージでは北京原人や未開民族の研究でもするのだろうと思われがちです。しかし実際には人間に関することなら何でもありで、子育て、宗教、コンピュータ、文学、相撲、競馬、ヤクザ、観光、…、と無数のテーマがあります。
そうしたジャンルを通して人間について考えるということですね。
本書では、文化人類学がいかに実生活で活用でき、生きやすくなるかが書かれています。
自分の知らない文化を知ることで、自分が暮らす社会を相対化して客観視できるようになります。
私の中で印象に残った部分・覚えておきたいと感じた部分
私の中で印象に残った部分は、
- 日本では夫婦別姓が家族の絆を壊しかねないという意見が根強いが、朝鮮半島・中国では昔から夫婦別姓を実験済みで、しかも家族の絆は日本よりよほど強い
- 香港には「人はいずれ死ぬ、ならば長生きして良い人生を過ごした老人の葬式は賑やかに祝ってあげたい」という文化があり、日本のそれとは全く違う考えを当たり前のものとしている
- 文化人類学を学ぶと、常識や当たり前は文化によって異なることが多く、所詮その程度のものでしかないと考えられるようになる
- インディアンや日本には終結恐怖という文化があり、完全なものは後は滅びるだけだからあえて未完のままにするという考えがある
- 日本では番犬・愛玩犬の概念しかないため、その文化でもって、イヌイットが生きていく上で不可欠なソリ犬に対して厳しく当たることや中国の食用犬という分類を批判することは的外れ
- 私たちは文化というフィルターを通して世界を見ている。しかしそのフィルターの存在自体を認識しなければ、狭く自己中心的なものの見方から脱却できない
- 文化人類学の武器たるフィールドワークは長期参与観察による調査であり、対象の生活に実際に入り込み、中からその文化を理解する
といったところです。
実際にはもっとたくさんあるのですが、挙げきれないです。
様々なテーマに関して、時代や地域によって当たり前とされる考えが全く違うことが紹介されています。
感想・レビュー
繰り返しになりますが、自分や周囲の常識・当たり前が如何にふわっとした流動的なものかがよくわかりました。
自分の尺度を絶対的なものとして他の文化を見ようとすると排外的になります。
よくある苦々しい議論の題材として、パッと思い浮かぶ例を挙げると
- クジラやイルカ漁を巡る自文化の押しつけ
- 北海道のヒグマを巡る道内の人々の声と道外からの苦情
- 畜産動物の権利を巡る意見の違い
などがあります。
私の場合、酪農業に携わっているためどうしても動物関連のものが真っ先に浮かびます。
こうした題材についてしばしば起きている意見対立は、多くの場合、相手の論理や立場への思慮に欠けた、自己満足にしかならない主義主張のぶつけ合い。少なくとも私にはそのように見えてしまいます。
立場の異なる相手の目線を知っている、もしくは想像して考えられる、そうした複数の視点から生み出された意見と、独りよがりの意見とでは価値が全く異なるように思うのです。
自分が拠り所とし喜びの源泉となる常識・価値観、時には自分を苦しめもするその常識・価値観はどういう文化から生み出されているのか。他の文化の人々にとっての当り前とはどういうものなのか。
本書を読むことで、相対的・客観的な視点を持つきっかけやヒントが得られるかもしれません。
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