【私見】生活の充実度を考えるためのオリジナル式

私見
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社会人になってから自分の大学生活を振り返った時に、充実感を考えるための一つの式が思い浮かんだことがあります。今回はそちらをご紹介します。

あなた自身に当てはめてみるとどうでしょうか。

結論

早速ですが、

充実感=主体性×感情の振れ幅

です。

後々にある出来事や行動を振り返った際、より主体的に取り組み、より自分の感情が大きく揺れた出来事ほど大きな充実感が得られた傾向にあります。

主体性

対象に、自分の意志でどれだけ積極的に取り組んだかという度合いです。

感情の振れ幅

その対象に取り組む中でどれだけ自分の感情(=喜怒哀楽)が大きく揺れたか、その絶対値です。

私の例

大学生の時、社会人になってからの出来事が混じりますが、私自身の旅行にまつわる例で考えてみます。

①主体性:強い、感情の振れ幅:大きい

社会人になってから北海道を1人旅した経験がこれに当たります。

1人旅であったため、必然的に強い主体性のもと決行された一人旅になります。

ずっと行ってみたかった知床へ行けたこと、元来人見知りで人と打ち解けるのに時間がかかる自分が地元の料理屋の方々とふれあい非常に良くしてもらった経験などから大きく感情が動きました。

後から思い返しても自身の成長というか変化を感じられた素晴らしい旅行でした。

② 主体性:強い、感情の振れ幅:小さい

大学生の時に北陸地方を1人旅した経験がこれに当たります。

初めての一人旅であり、主体性はありました。

が、「一人旅をすること」そのものが目的化していたため、実際に北陸に行ってからは無難な観光地や名物グルメをなんとなく食べて回るだけでした。

結果、なにかしらの冒険をせずになんとなくで旅が終わってしまったため、後に振り返ってもあまり充実していたなとは感じず、むしろ一人旅の寂しさが印象に残るものとなってしまいました。

③主体性:弱い、感情の振れ幅:大きい

大学のサークルやゼミの合宿といった活動が主に該当します。

自分の行きたい行きたくないという意思よりは、行事としていく必要があるもので主体性は弱かったです。

一方、合宿であるからにはゼミにしろサークルにしろ課題や練習に真剣に取り組む場面というのは多く、喜怒哀楽はさまざまに感じました。

後に振り返ると、多少の充実感はあったものの、それはやや強制力を帯びた充実感とでも言い換えられるものでした。

④ 主体性:弱い、感情の振れ幅:小さい

誰かの企画に乗っかっただけの旅行が主に当てはまります。

友人などから「○○に旅行に行こうよ」といった具合に誘ってもらって同行した場合などです。

目的地や当日の大まかな動きは友人が主導してくれたため主体性は弱いです。

そして、特に自分の興味関心と被る部分の少ない旅行内容であったりすると、自分の感情が大きく揺さぶられるということも少ないです。

すると、誰々と旅行に行ったという出来事としての記憶は残るのですが、後に振り返って感じられる充実感というものは相対的に弱いですね。

大学生活にかかわらず日々の生活や仕事でも当てはまる

当初、この式が頭に浮かんだ際は、自分の大学生活を対象に考えていたのですが、よくよく思えば、日頃の生活にしろ、仕事にしろ、多くのことに当てはまる気がします。

自分から積極的に取り組んだ仕事がうまくいったり、逆にうまくいかなかったり、そういった出来事は後々に思い返せば非常に強い充実感があるのではないでしょうか。

私は大学生になる頃、本当に漠然と「充実した大学生活を送りたい」と思っていました。

しかし、実際には「なんとなくまじめに授業に出て、ほどほどにアルバイト・サークルに取り組み、意味もなく部屋でテレビを流していた」そんな光景がしばしば思い出されます。

それなりに楽しい学生生活でしたが、もし、今の自分が学生時代に戻ることができたら、上記の式をもとにより主体的に・より感情が動きそうなできごと(例えば留学や厳しいインターンシップなど)に取り組むことでしょう。

あなたの現在やっていること・そしてこれからやろうとしていことはどうでしょうか。

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